大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 平成7年(オ)1266号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人植松宏嘉の上告理由及び上告代理人古賀野茂見、同木村憲正の上告理由について

一  労働基準法(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの)三二条の労働時間(以下「労働基準法上の労働時間」という。)とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である。

二  原審の確定したところによれば、(一)昭和六〇年六月当時、被上告人らは、上告人に雇用され、長崎造船所において就業していた、(二)右当時、上告人の長崎造船所の就業規則は、被上告人らの所属する一般部門の労働時間を午前八時から正午まで及び午後一時から午後五時まで、休憩時間を正午から午後一時までと定めるとともに、始終業基準として、始業に間に合うよう更衣等を完了して作業場に到着し、所定の始業時刻に作業場において実作業を開始するものと定め、さらに、始終業の勤怠把握基準として、始業の勤怠は更衣を済ませ始業時に体操をすべく所定の場所にいるか否かを基準として判断する旨定めていた、(三)右当時、被上告人らは、上告人から、実作業に当たり、作業服及び保護具等を装着するよう義務付けられ、右装着を所定の更衣所、控所又は現場控所(以下「更衣所等」という。)において行うものとされており、これを怠ると、就業規則に定められた懲戒処分を受けたり就労を拒絶されたりし、また、成績考課に反映されて賃金の減収にもつながる場合があった、(四)被上告人らは、昭和六〇年六月一日から同月三〇日までの間、就業規則所定の始業時刻に作業服及び保護具等の装着を開始して準備体操場に赴いた、というのであり、右事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足りる。

三  右事実関係によれば、被上告人らは、上告人から、実作業に当たり、作業服及び保護具等を装着するよう義務付けられ、右装着を事業所内の所定の更衣所等において行うものとされていたというのであるから、右二(四)の行為は、上告人の指揮命令下に置かれたものと評価することができる。そして、各被上告人が右二(四)の行為に要した時間がいずれも労働基準法上の労働時間に該当するとした原審の判断は、正当として是認することができる。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠藤光男 裁判官 小野幹雄 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例